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昭和の頑固な父親の思い出。

あまり笑わない人でした。

口数も少なく夕飯を食べるとさっさと自室にこもっていました。

社会人となり、外で食事をするのは母親とばかり。

一度、父も一緒にコース料理を食べに行きましたが、『早寝、早飯…は男の美点』と言われた昭和の時代を生きてきた父親。
とうとう辛抱しきれず、最後のコーヒーも飲まずに席を立ってしまい、店の人を困らせました。

こんな父親ですが、外では愛想か良く真面目でいい人と思われていたようです。何故その愛想を家族に向けてくれなかったのかとも思いました。

色んなすれ違いから10年くらい触れ合いの無いまま、最後に夫の計らいで一度食事をしただけで帰らぬ人となりました。

葬儀の準備で遺影の写真を選んでいて、とても素敵な笑顔の父の写真を見つけました。
妹に生まれた孫と一緒の写真です。

後で聞いた話によると、若い頃に一度浮気がばれ、母親に頭が上がらなかったとの事。プライドから私達の前では威張っていたのでしょうか...

それ以来、二度と浮気をする事も無く、賭け事もする事も無く真面目に生きた人らしいです。

晩年、「お前が先に死んだらワシも死ぬ」と母親に言ったそうです。
なんだか凄い愛の言葉のような気がします♡


そんな母親は父亡き後、温泉旅行にカラオケと とても楽しそうに羽を伸ばしています。


が、それは...
亡くなる前 母の介護を受けていた父は「ワシが死んだら お前は温泉でもカラオケでも好きに楽しむように...」と遺していたそうです。
その事を母の姉妹にも頼んでいたらしく。。

父の日を前にして思った事です。


皆さんも何か父の思い出ありますか?
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最新の発言9件 (全9件)

  • 頑固➕亭主関白➕アルコール依存症

    これが、わたしの父親。
    優しい父親の姿は、幼い時と、わたしが高校生の時に、
    急病で、苦しんでいる時に、夜中に緊急で車を運転してくれて、
    おんぶしてくれた事。
    いつも、お酒ばかり飲んでは、暴れたり、飲んでない時は、
    ほとんど話しは、したがらない。
    亭主関白、頑固親父。
    そんな父が、必死でわたしを、緊急病院の治療室まで、おんぶ。
    以外な父の姿に泣きそうになった。

    もうひとつは、旦那が父親に挨拶に来てくれた時。
    〈絶対、俺に頭下げないと娘はやらん!〉と言っていたのに、
    1番嬉しそうで1番淋しそうだった父。
    〈いつでも、持ってていいぞ!ただし返品は受け付けないからな!〉
    一言余分、、、

    結婚式前は、行方をくらませる。
    ちゃんと、前日に〈ありがとうを言ってから嫁に行け!〉と言ってたくせに、、、
    言われるのが辛かったらしく逃走。

    結婚式では、大泣きとすごい笑顔。

    本当、頑固。でも嫌いになれない、、






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  • 昭和ですねぇ〜

    >神社好きさん

    これが、わたしの父親。
    優しい父親の姿は、幼い時と、わたしが高校生の時に、
    急病で、苦しんでいる時に、夜中に緊急で車を運転してくれて、
    おんぶしてくれた事。
    いつも、お酒ばかり飲んでは、暴れたり、飲んでない時は、
    ほとんど話しは、したがらない。
    亭主関白、頑固親父。
    そんな父が、必死でわたしを、緊急病院の治療室まで、おんぶ。
    以外な父の姿に泣きそうになった。

    もうひとつは、旦那が父親に挨拶に来てくれた時。
    〈絶対、俺に頭下げないと娘はやらん!〉と言っていたのに、
    1番嬉しそうで1番淋しそうだった父。
    〈いつでも、持ってていいぞ!ただし返品は受け付けないからな!〉
    一言余分、、、

    結婚式前は、行方をくらませる。
    ちゃんと、前日に〈ありがとうを言ってから嫁に行け!〉と言ってたくせに、、、
    言われるのが辛かったらしく逃走。

    結婚式では、大泣きとすごい笑顔。

    本当、頑固。でも嫌いになれない、、






    素敵!映画かドラマを観ているようです。

    ちょっと前に「菊次郎とさき」というドラマがありました。
    (ご存知ないかもしれませんが^^;)

    その中で北野たけしさんの父親役を演じられた陣内孝則さんを思い出しました。
    好きなドラマでした。


    素敵なエピソードありがとうございました♡

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  • 偏屈意固地、なれど子には手を挙げなかった父

     父は戦中生まれで、戦後、下の弟妹のために定時制高校に通いながら働き、家計を支援して手が掛からなくなってから一人田舎を出てきたのですが、戦争から復員して働こうともしない兄に「田舎を捨てた」と邪険にされ、たまに深酒して田舎恋しさに号泣する傍目から見ても気の毒な人でした。

     私もそんな父とよく衝突し、母から「喧嘩しにわざわざ帰ってくるな」と言われ、実家と距離をおいていた時期があります。
     ただ、30歳も過ぎれば自分自身の価値観の中に父が確かに存在している事が理解できる様になり、父の思いが判りつつある、そんなおりに父は64歳で若年性アルツハイマーに罹患してしまい、それから距離を置いていた実家に顔を出すようになったのですが、着実に進む病状に何で早いうちに打ち解けておかなかったんだと悔やまれて仕方がありません。

     私の妻の存在を理解できず、私を叔父と勘違いする父に、せめて好みのものをとパンを焼いては持参しておりました。
     今年、施設が空き入居して、もう母のことも私のことも判らなくなってしまっても、それでも父は父で尊敬の気持ちを持って接しております。

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  • お返事ありがとうございます。

    >ちよの輔さん

     父は戦中生まれで、戦後、下の弟妹のために定時制高校に通いながら働き、家計を支援して手が掛からなくなってから一人田舎を出てきたのですが、戦争から復員して働こうともしない兄に「田舎を捨てた」と邪険にされ、たまに深酒して田舎恋しさに号泣する傍目から見ても気の毒な人でした。

     私もそんな父とよく衝突し、母から「喧嘩しにわざわざ帰ってくるな」と言われ、実家と距離をおいていた時期があります。
     ただ、30歳も過ぎれば自分自身の価値観の中に父が確かに存在している事が理解できる様になり、父の思いが判りつつある、そんなおりに父は64歳で若年性アルツハイマーに罹患してしまい、それから距離を置いていた実家に顔を出すようになったのですが、着実に進む病状に何で早いうちに打ち解けておかなかったんだと悔やまれて仕方がありません。

     私の妻の存在を理解できず、私を叔父と勘違いする父に、せめて好みのものをとパンを焼いては持参しておりました。
     今年、施設が空き入居して、もう母のことも私のことも判らなくなってしまっても、それでも父は父で尊敬の気持ちを持って接しております。

    素敵なお話ですねぇ。。お気持ち凄く伝わります。

    これもドラマみたいです。…父の思い、子の思い、そして母の思い。

    いえ、ドラマより現実の方が感動的かもしれません。

    それは、皆さん 一人ひとりそれぞれにあって…



    私の両親は親の決めた結婚でした。
    父の浮気は、実は純愛でした。

    子としては複雑ですが、父は父のドラマ、母には母のドラマがあったと思います。

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  • 72歳の父

    兼業農家の長男、弟4人、妹一人、

    若いころから 頑固で一途なリーダータイプ、器用、オートバイ好き、
    オートレースの選手になりたくて 内緒で試験を受けたら見事合格、

    でも まじめな父親に大反対されて 悔し涙を飲む、断念、
    中学卒業後に職業訓練校に行き、

    車のメカも好きで、自動車整備工になろうと思った。
    でも教官から言われたのは、

    「自動車の整備工はなぁ、人気があるから、
    整備工場だって これからどんどん増えてくから、
    これからは 鉄工業の方がいいよ、 やってみるか?」

    そのころ、全然人気のない地味な鉄工業、
    若いころの父は 最初はイヤイヤだったけど、
    持ち前の器用さと頑張りで 溶接なども次第に上達、
    面白くなっていったそうです。

    ”オートレーサーになってたら 不安定だったかもしれねーな、
    教官の言うことを聞いて、鉄工所やってよかったなぁ”と言っていました。

    急がば回れ、
    時には遠回りも大事、その道のプロ、先輩の意見も頭に入れるのも大事ですね。

    オートレーサーになりたかったという夢、
    探偵ナイトスクープに依頼して、1日だけでも かなえてあげたいです。

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  • ダメです!もう泣きそうです;_;

    >「72歳の父」でお返事下さったリンゴマークさん

    探偵ナイトスクープに出られているのを想像して西田敏行状態です。

    本当、この番組に依頼すればピッタリの内容ですね。



    私の父も兼業農家、8人きょうだいの長男です。
    本当は何になりたかったのでしょうか...


    素敵なお話ありがとうございます♡

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  • 父の日ですね!

    私の父はとても素敵で大きい人間....でもいろんなところで封建的な家長でした。 今も元気でかなり丸くなったですが。

    宮本輝さんがずうーっとライフワークともいえる形で書いている?部作、又、氏が編集した「父の目方」・「父のことば」という作品、すばらしいですよ。 

    彼の亡き父への思い、そして他の二書では様々な方々の父と子のかけがいない思いがつづられています。

    ...とこのタイトルでこんな事、思いました。

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  • 飲む打つ買うは男のなんとやら…

    全てを貫き通し、母に苦労をかけていました。

    私がまだ幼かった頃の、晴れた日曜日の出来事です。
    私と兄を連れて動物園に行くはずが、連れて行ってくれたのは競馬場。
    競馬場の中の、小さな公園施設(ブランコ等)がある場所に連れて行かれ、「ここで遊んでいなさい、何処にも行かないように。」と言い残して父は馬券を買いに行き、2時間近く戻って来ませんでした。

    公園なんて家の近所にあるし、大して面白くなかったのですが、時々切符みたいな紙がいっぱい風で飛ばされてきたので、拾い集めて遊んでいました。

    それから暫らく経って母の田舎に行く為、家族全員で汽車に乗っていた時、私が「この汽車に乗ると、お馬さんのいる所に行けるんだよね~」と発言したらしく、そこで母が気付いたようです。子供用のバックには拾い集めた切符(外れ馬券)がいっぱい Scream

    父は動物園に連れて行くと偽って、私たち兄弟を競馬場に連れて行ったのがバレてしまいました。

    6人いた家族も、晩年は老夫婦二人だけとなり、母が先に逝き、父1人残ってしまいました。あれは父に対して「1人で苦労しなさい。」という、母の仕返しだったのかも知れません。
    今日は父の日、好物でもお供えしてあげようと思います。

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  • 3年前に亡くなった父、

    家族思いでしたが、ワンマンで何でも自分の言うことがすべて正しいと思っている人でした。

    たとえばゴミ箱一つでも父が気に入らないところへは置けませんでしたし、
    門限なんか時刻じゃありません。
    父が遅い、と言ったら夕方7時でもダメなんです。

    気が強い母とは仲がいいのによく衝突してましたよ。
    両方が相手を自分の思い通りに動かそうとするからぶつかるんですよ。

    私が一人娘だったので主人がうちへ入ってくれましたが、「ええこかっこしい」なんで
    主人には優しかったですが、私や母、子供たちにも遠慮はなかったです。
    食事も「俺は文句を言ってるんじゃない、アドバイスだ」っておかずにケチをつけてました。

    いわゆる自分に甘く、自分以外に厳しい人でした。

    そんな父でしたが、元気だったのに心臓発作で倒れてそのまま帰らぬ人となりました。

    四十九日が済んだ頃、猫が迷いこんできてそのまま飼っていますが
    子供たちは(もう社会人ですが)「じーちゃんそっくり!!わがままで自分勝手、素直じゃなくて、そのくせ憎めない」って・・・

    当たってると思います。

    介護が必要になっても文句を言うタイプだと思ってたのに、看病もいらなくて
    あっという間に天国へ行ってしまったあたりは家族思いだったんだなと
    思いますがね。

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