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全部料理に関係ない話ですが・・・



皆さん死んだ後どうなると考えていますか?
私は死んだ後医学的には無になると聞いて
怖くて眠れなかったりします。
自分が今考えている事も気持ちも何もかもなくなると思うと、なぜ生きているのかと考えるようになってしまって
自分自身が無くなってしまうと怖くてたまりません
暇だからそんな事考えるんだと言われたら終わりだし、死んだ後の事わかる訳ないと思っているんですが腑に落ちなくて

皆さんはどんな風に考えていますか?

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最新の発言13件 (全13件)

  • だいじょうぶ。みんな同じだから。

    まだ大好きな人を亡くした経験はないのでしょう。
    私は大好きだった父に会えると思うと死ぬのは怖くありません。
    医学的には無になるのかもしれません。
    でも、私は死後の世界は存在すると思っていますよ。

    実際、亡くなった人が見えて話ができる方にお会いし、
    父と話してもらいました。
    後で父と他男性が数人移っている写真を見せてどれが父か確認したら
    父を指差してこの人とおっしゃいました。
    お金は取らなかったですよ。

    死後の世界が存在すると理解するためたくさんの本が出版されています。

    お勧めはトピ主さんの年代なら
    魂の伴侶かな?

    他にもたくさんあるよ。

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  • 輪廻転生

    10代の頃、周りには多感な子が多くて「死」についても色々語り合ったのを思い出しました。

    10代の私もやはり「無になる」ことに対しての恐怖がありました。泣き出したいくらい不安で眠れなくなることも。
    昔の人も、そういった不安や恐怖があったから「極楽」という死後の世界を信じることで心を慰めていたのだと思うのだけど、10代の私には「極楽」は架空の場所にしか思えなくて慰めにはなりませんでした。

    唯一納得できたのが輪廻転生でした。
    自分が今考えている事も気持ちもそのまま残っていて、生まれ変わる時にはじめて記憶が消える、という感じかな。
    なぜ生まれ変わる時に記憶を消す必要があるのか。
    それは、記憶が残ったままでは生きにくくなるから。前世に縛られた人生になっちゃいますし
    何より大人の記憶が残ったままではオムツの生活はたえられませんからね〜(笑)
    (勉強した記憶だけでも残っていれば学校の宿題も楽になるのにな〜なんて考えたこともありますが^^)

    でもこれにこだわっている訳ではありません。
    死後の考え方は色々あると思うので、それぞれが心で納得して今を元気に生きることができれば何でも良い、というのが私の考えです。
    いずれ「無になる」ということが今を生きる活力になっている、という人もいますからね。

    この後にどんな回答が続くのかわかりませんが、色々な人の考えを知って、その中から
    質問者さんの納得のゆく、心が救われる考え方を拾ってゆくといいと思いますよ。

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  • 永遠の命題なのかも

     世界の宗教が死生観を基にしていることを考えれば、人類すべての人が抱える命題なのかもしれませんね。
     それだけに人の数だけ答えがあるのかなと。

     私は無に帰する事を怖れるよりも「今を精一杯に生きよう」とあの震災以降は考えるようになりました。
     ひょんなことでお別れが来るかもしれないのなら、躊躇してては後悔するだろうと。

     なので求めには出来るだけ応え、せめて手の届く範囲だけでも幸せを感じて貰えるよう精一杯務めて生きて行ければ後ろ向きにならないんじゃないかと。

     なかなか無我の境地とは行かず苛々することは多々ありますが、それも全てその先に未到の幸せがあるんじゃないかと思えばどうにか堪えられるくらいには歳を食ったかなとは思っています。

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  • 10代だから

    私も10代のころは、なんで生きてるのか?考えました。
    死という漢字【化】に似てるでしょ。
    お化けになるんじゃないかな?
    人は生まれたから、生きている
    やがて迎えるのですから、今を精一杯生きてみましょう。

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  • 50年余り生きてみて...

    そうですよね。自身は無になるかもしれませんね。

    でも、残っているんですよ。

    例えば…
    あなたが将来家庭を持たれたら、お子さん。もっと先ならお孫さん。
    場合によっては残されたご主人。

    あってはならない事ですが、若くに命を落とすような事があればご両親...
    あと、あなたを大事に思っている人たち…その人たちの心にです。
    今 考えている事や気持ちも引き継がれていくかもしれません^ ^


    日々の生活に追われがちですが、何かの拍子にフっと思い出します。
    さみしい時には涙する事もあります。
    あ、この花好きだったよなぁ…この店のコーヒー好きだったよなぁ…
    落ち込んだ時 叱ってくれたよなぁ…と。

    それは、年月が経つ程大きくなる場合もあります。
    歳を重ねれば特にです。

    幽霊でもいいから、ここに姿を表せて欲しいとさえ思います。
    あれも聞きたかった…これも聞きたかったと。



    そして、、
    自分はそのように思ってもらえるだろうか…と。



    大切な人を失うと間違い無く心に残っています。

    そのために今 自分はどう生きていくか、残った人の胸にどんな風に残っていくのか…私を思い出す時、笑顔の私を思い出してくれるだろうか…

    そのために今を精一杯笑顔で生きていこうと思っています。

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  • こんにちは

    私も考えたりします。
    すっごく不安です。逝ったら向こうで先に逝った人に会えてるかなと言うけれどほんとに会えるのかとか思ってます。会えるとすれば若くして逝ってしまった同級生に会いたいです
    お墓参りするときなんかはほんとにここにいるのだろうか私には見えないけど周りで見守られてるのかなと思ったり

    いまいちまとまりのない文ですが私はそんな風に考えています。

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  • 人はひとりで生きてません

    決断するのは自分自身だと思うけど、色んな人に支えられていきてる
    思います。ご飯食べることもおかあさんやお父さんに習ったのです。
    死んだらどうなるか考える前に、生きるということ考えたほうがいいです。
    死後の世界なんて、生きてる人の空想にすぎない。

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  • 私は、楽しみにしています。

    *体的には* 遺伝子が受け継がれて生き残るよ!
           この本と、「アダムの呪い」の遺伝子の話読むと、
           あー子供生まなきゃーと思うよ。 
    *魂的には* みんな色々言うけれど
           自分が死んでみないと本当にわからないことなので、
           私は楽しみにしています。
           人生最後に「へーこうだったんだー」と

       スッキリ、スッキリ そしてぽっくり+1

    992
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  • 浄土宗の檀信徒です。
    お十念を唱えれば極楽往生できるとの教義(のはず)なのでそれはそれで良いかと。
    仏教の基本は解脱のはずですので。
    まぁ個人的には仏教徒とはいえ、人は死ねば生ゴミになると考えているイレギュラーな発言でした。
    精神世界については個々人の死生観等にもよりますからいろんな意見があっても良いとは思います。他人に無理強いさえしなければ。

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  • 私も考えて怖くなる時があります。
    自分が死んで数十年もしたら、自分を知る人も0になっちゃうんだろうな…
    誰も私が生きていたことを知らない…それって怖いなって…。

    でも誰だってそうなんですよね。
    命あるものは産まれた瞬間から死に向かって生きている。これは10代の頃、母に言われました。
    人間も動物もそうだし、物だって使い続けてたら寿命がある。

    死が訪れるのは誰だって避けられないので、今を楽しく生きればいいと思います^^
    色んな事があるから嫌な思いをする事もいっぱいあるけど、楽しい時は楽しく♪

    私はそう思っています。

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  • 映画で見るような地獄とか、恐れていたけど、

    どの人も「無」になるのなら。

    それを聞いてちょっと楽になったよ。

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  • 十代さん。こんばんは!サヤンママです。私は、家族を何人か亡くしております。祖父は、看取りを小学生で、経験しました。肺ガンで、手遅れで自宅で家族総手でした。死に水という、綿で渇いた口を濡らしたりしました。最期は、穏やかですよ。優しい綺麗な顔でした。動物達もたくさん看取りました。命には、限りがあるからこそ、生き物たちは神様から、与えていただいた、命を育んだり、頑張って生きるのではないですか?永遠の若さや、命は孤独になる日が、必ずやってきます。この世は、一度きり。生まれ変わるか?は、神様しか知りません。恐れる暇も無い位に、一度の人生を精一杯生きませんか?何歳で亡くなるかは、わかりませんから、1分も無駄使いはできません。もったいないよ!サヤンママより。

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  • わたしも、

    10代の頃、同じ事考えていました。ほんとーに。

    それから、自分なりに考えたりして、一時期は写真で色々な思い出を残そう!
    とかって思ったりもしたもんです。

    で最近は、ある言葉をよく思い出します。それは、雑誌か何かでお坊さんの説経だったかと思いますが、「死があるから生が際立つ」。
    まさにそうですよね。

    恐れだけでなくまえむきに。今この一瞬を精一杯に。生きていきたいですね。

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