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祖父母の思い出

おじいちゃん、
おばあちゃん、

みなさんはいかがですか。

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お気に入り

最新の発言8件 (全8件)

  • ひなたぼっこ

    私は両親ともかなり年齢がいってから
    生まれたので、祖父との思い出も少ないですが…
    とてもよく覚えているのが祖父とのひなたぼっこです。家の前にちょうど大人
    2人くらいが座れる土手というかくぼみ
    のようなものがあって、そこで祖父が
    よく新聞を読んでいました。
    その隣に座って私はよく遊んでいました。明治生まれの怖い人だったようですが、私には優しく幼い私を「○○さん」と呼び、尊重してくれる人でした。
    一般的なおじいちゃんと孫の関係ではなかったかもしれませんが、あまり話さなくても安心できて、「この人がいてくれれば大丈夫」と思える人で私は大好きでした。
    今でもあのひなたぼっこの暖かさを
    よく覚えています。

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  • 母方の祖父

    お盆とお正月に孫が遊びに行くと、お接待の嵐でお出迎えしてくれる人でした。
    子供心に、笑って「よく来たね」って言ってくれるだけでいいのに…と思うくらい。
    デパートの屋上のミニ遊園地で、イヤってくらいコインで動く乗り物に乗せてくれて、
    普段は薬局の前の塗装のハゲたウサギに姉と途中交代で乗ってたくらいだったから、
    「うれしい」より「無駄遣いの罪悪感」の方が強い貧乏性姉妹でした。
    でもおじいちゃんと手をつないで、家まで歩いて帰るのはとても楽しい時間だった。
    おじいちゃんは片手にかばんを持ってるから、電柱を数えて、従妹たちと交代で順番で手をつないでもらってましたっけ。
    孫のために茶箪笥に「ゴーフル」と「栄太郎本舗の飴」を必ず準備してくれてて、
    たまに食べると、なんか、キューンとするんですよね。

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  • 父方の祖父

    楽隠居の祖父は、夏でも火鉢を抱えて、縁側でタバコを吸いながら座ってました。
    ある夏、ほんのシャレ心でシガレットチョコを口にくわえて
    おじいちゃんと一服ごっこをしたところ、
    次の時から、おじいちゃんが準備してくれるようになってた。
    孫たちみんな並んで(20人以上いたはず)、庭の鳥居さんを眺めながらチョコをくわえてましたっけ。
    耳が遠いから、おじいちゃんは会話にはあんまり加わらず、知らん顔してましたが、
    楽しくないわけじゃないんだろうなー…て思います。
    そのうち「邪魔しちゃダメ」って、おばちゃんの一人に追い払われて、
    みんなで逃げてく。そんな感じでした。

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  • 優しかったですね~

    父方の祖父は知りません…
    祖母は私が三才くらいの時に亡くなったので ほとんど記憶にありません

    母方の祖父母には 
    初孫と言うこともあり
    とても可愛がって貰ったようです
    よく聞いたのは 近くに住んでいたので
    祖父母宅へ連れて行ってしまっていたとか…
    小さい頃の写真も 両親と一緒より
    祖父母と一緒が多いですね~
    当時の写真を見ると 祖父母の声が聞こえてくるようです(;_;)

    私が6年生の時に相次いで亡くなってしまいました(。>ω<。)
    晩年は二人とも入退院の繰り返し
    もっともっと長生きして欲しかったです(T_T)

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  • 祖父知らずです

    父方母方の祖母しかしりません。
    どちらの祖父も戦争で亡くなったそうです。

    それぞれの祖母はたくさんの子供を抱え
    とても苦労して戦後を乗り越えてきたと聞きました。

    二人とも20数年前に他界しています。
    もっともっといろんな話が聞きたかったです。

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  • 感謝の気持ちは伝えられなかったです

    どちらも他界してます。
    おばあちゃん、おじいちゃんはよく私たち孫のめんどうを見てくれました。
    よくおじいちゃんの膝に座って絵本を読んでもらったのを覚えています。
    両親は共働きだったので、母親は「私は絵本を読んでやったことなかった
    な~」と言っていたので、私の本好きはおじいちゃんのお陰かなと感謝
    してます。他にも、保育園の自転車での送り迎え、中学校の時の車での
    送り迎え、おじいちゃんでした。高齢での車の運転、ヒヤッとしたことも
    多かったですが、ありがたかったなぁと思います。
    そんなおじいちゃん、病気で私の結婚式には出席できなかったけど、結婚式
    の2日後になくなりました。私の結婚式が無事終わるように頑張ってくれた
    んだね、とみんなで話しました。

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  • 自分ではないですが

    もの心つく頃には祖父母はいませんでしたので
    わが子と夫の祖父の思い出です

     寝たきりではないにしろ家の中でじっと座っていることが多かった祖父に 新生児期を少し過ぎたくらいの次男を見てもらったんですが
    にこにこ笑って眺めてくれました。
    夫が 「動かんところは一緒やなぁ」とシュールなひとこと・・・

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  • 懐かしい

    明治生まれのじいちゃん、酒好きで酔っぱらって気分よくなると軍歌を歌ってました。
    いとこの結婚式でも歌ってたし、嫌だなと思ってたけど、今思えばじいちゃんがどんな気持ちで歌ってたのか切なくなります。
    晩年は耳が遠くなり無口になりましたが、頭はシャンとしてまして、末孫の私のことを心配してました。私が結婚した正月にお酒が美味しく飲めたらしく軍歌歌ってました。酔っぱらいながら、いい人と結婚出来て良かったわい!って言ってたようで。翌月、じいちゃんは89で急逝しました。安心して天国いったのかな、と(涙)です。

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