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人の死について

ただいま入院1ヶ月半です。大部屋で4人部屋で、向かいには個室部屋がずっと並んでおります。入院してからずっとあるご老人の患者さんが大声でよくナースを呼びます。
『おーい、おーい』と結構延々声が枯れたりするまで、毎度の事ですぐナースが対応する事はしませんでした。しかし先週辺りから身内の方が結構来るようになりました。
叫び声も大きい声だし、本当にうるさい位。ナースを呼ぶのは、『暑い』『電気を消して』や付けてなど、痴呆もありますが、会話も出来てました。昨日の夕方頃から
『孫◯◯が来るから行ったらかんよ』と身内の方が声をかけてました。その後1時間も経たず亡くなりました。それからは身内の方が御葬式の手配など含め、色々やってました。
一部始終ドアを開けたまま、手配や今後のやる事全部丸聞こえ。消灯時間にはご遺体は搬出されてました。ついさっきまでいつものようにナースを呼んでたのに・・・
私は人の死に直面した事がありません。なのでナースの対応とか、淡々と手配する家族に驚き戸惑ってます。
朝その病室はいつものように次の患者さんを入れられるよう、キチンと整えてありました。人が亡くなるってこんな淡々とするの?・・・と。
ちょっと聞いて欲しくて投稿しました。
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最新の発言6件 (全6件)

  • それなりの年齢で、長期入院されてたのならご家族の方も心の準備、そして亡くなった後の準備をする時間があるので淡々と出来る場合があります。

    私も曽祖母、祖父を数年置きに見送りました。曽祖母は老衰で「亡くなった」と連絡が来た時「あぁ病院へお見舞いに日参する日々が終わった…」とホッとした記憶があります。葬儀も危篤と言われて半年持ちこたえたので遺影から着せる着物まで準備万端(不謹慎ですが)でした。だからあとでああすれば良かったという事はなく、満足いく葬儀で送り出せたと思ってます。

    逆に急に亡くなった祖母の時は心の整理が追いつかず大泣きしました。

    亡くなった時に「惜しい人を亡くした」と言われるような生き方をしたいなと思ってます。

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  •  昨年末、父を見送りました。
     若年性アルツハイマー罹患から10年目、脳死に至った父が亡くなったとき、「もうこれで父ちゃんも苦しむことはないね」と父の頑張りに家族が安堵したと言う感じでした。

     何となく、どんどん父が変わっていってしまうのを家族全員で受け止めて来て、その中で父は人生を精一杯に生きたとの思いと、本人の記憶に残らなくとも感謝と真心を伝えるだけの年月を共に過ごせた感慨がありましたね。

     葬儀まで会場都合もあり数日実家に安置したのですけれど、そこでも家族や弔いに来ていただいた方と父の思い出を話す場もゆっくり取れて、家族としては取り乱すこともなく粛々と葬儀を済ませることができたなと思っております。

     そんな折り、ボランティア先で年配の先輩から「ピンピンコロリなんて身勝手な話だよ。家族の気持ちを置いてけぼりにしちゃうんだから。そう考えればちゃんと家族にお別れの気持ちを整えさせる時間を残してやる方が優しいんじゃないかって思うよ」と言われて、そう言う見方もあるんだなぁと思った次第です。

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  • 私はわりと若い頃から身内の最期には立ち会ってきましたから、特に驚くような話ではないなと読ませていただいたのですが、あくまでそれは身内での話。
    スレ主さんのように他人の最期を同じ部屋で体験というのは、私でも驚きと戸惑いを感じたと思います。

    しかし、最期まで大部屋だったというところが「なにこの病院、デリカリーないんじゃないの?」って思いました。
    大抵臨終近ければ個室(集中治療室)に移されますよ。
    ご家族が他の患者さんに遠慮することなく看取れるようにと配慮してくれてもよさそうなものです。

    私の体験ではそうでしたよ。ずっと大部屋だったことはありませんでした。

    >ナースの対応とか、淡々と手配する家族に驚き戸惑ってます。

    きっと当事者になればわかると思うのですが、淡々とこなすしかないんです。
    だってやること決めること沢山あるんですから。悲しんでいる余裕なんてありません。
    それに、長期入院とかご老人とかだと、ある程度ご家族に覚悟もできていますから、取り乱すこともないでしょう。

    スレ主さんにとっては考えさせられることが沢山あった体験だったでしょうね。

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  • 祖父は突然の脳出血で救急搬送されました。駆けつけ見舞いを終え長男である叔父、その妹である母は淡々と借り住まいの片付けを始めました。
    「冷たいと思うかい?」
    叔父の言葉に冷たいと思うより色々自分で考えて納得できました。
    泣いていても戸惑っていても何も変わらない。死はその方がしてくれる最後の教育だと思います。他人であろうともです。

    しかしその病院は嫌ですね。危険な状況なったら別室に移していただきたいです。でも超高齢化の現在、空き部屋さえなかったのかもしれませんね。

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  • お返事ありがとうございます

    ぽぽさん、わかりずらい説明で申し訳ありませんでした。
    私が大部屋の4人部屋で亡くなられた方は、通路を挟んだお向かいの個室です。
    失礼いたしました。

    みなさんが書いてくれるように、いろんな最期の向かえがあるんですね。
    もし私が最期を見守る事をする立場だと、息子しか居ません。考えたくはないですが現実的にはそうなります。

    確かにここは病院。少なからず【死】は普段の生活より近くにあります。
    ただ本当にこんな年齢ですが、動揺してしまいました。
    読んでくださった方、返信をくれた方々、ありがとうございました。

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  • 続けて身内を亡くしました。
    ずっと死にとらわれています。
    元気で、自分のことを自分で決められるのは、あと何年?
    何をしておきたい?やり残したことはない?残りの人生、今のままで悔いはない?
    長期入院や施設暮らしになったら、思い出して楽しめることって何?等々
    考えすぎても仕方ないよって言ってくれる人もいるけど、火葬場の窯の蓋が閉まるのを立て続けに見ると、考えないようにしても、水の底から上がってくる泡のように、日常に現れます。
    朝、起き上がるのが面倒で、ボーっと横になっていると、「死に際ってこんな感じ?」と考えてしまいます。避けられない事だからこそ、悔いのない人生を送っておきたいと思ってしまいます。
    準備なんてできないって理解はしてますが、感情は別の所にあるようです。

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