現在の発言数478,191件!

最期に立ち会えない時

我が家の舅さんが亡くなった際、姑さんは死に目に立ち会えませんでした。姑さんは毎日病院に通っておられましたが、ある日から個室になったので、その日から泊まるつもりであちこち用事を済ませようと部屋を退出したところ一時間ほどして息を引き取りました。五分前まで私も病室にいましたが、担当ナースも何も言ってこなかったので、まだ大丈夫だろうと思って子供たちの送迎に向かったところ病室で待機していた旦那から連絡が入りました。亡くなる時期は人それぞれなので、タイミングが合わないのは仕方ないと思っていましたが、、、。姑さんがその際に立ち会えなかったことに対して「あんたが準備してきたら?って言うから病室を出た。そしたら立ち会えなかった。」と責められました。しばらくはいろんな人にその話をされて、辛くてたまりませんでした。

数年たった今でも、時にふっと話されると「そんなに私はいけないことを言ったのか?」とまたしんどくなります。つい心の中で「生きているときは喧嘩ばっかりしていて家族中振り回していたのに、今更!!」と思ってしまいます。

すいません、。愚痴を読んで下さってありがとうございます。

Icon agree@2x 0
Icon nice@2x 0
お気に入り

最新の発言8件 (全8件)

  • 悪い事はしていないと

    姑さんはあなたのせいにする事で
    自身の悲しみや立ち会えなかった負い目のようなものから
    すこしでも逃れようとしているのでしょうね

    きっと無意識にそうされているのでしょう
    人ってそういうものです

    だからってあなたがしんどい思いを我慢することもないでしょう
    あなたのせいじゃないんだから。

    ふつふつと沸き上がる感情があるときは
    こういうところで愚痴るのがいちばんですよね

    もしくは
    自分も相手も最高の善人なんだと思って
    大げさすぎるくらいの美しい思考をするといいですよ

    生きているときは喧嘩ばっかりしていて。。
    だからこそ最後にあやまりたいことやいろいろあったのでしょうね
    一度は愛した人を失った悲しみが私につらくあたることで癒されるのなら
    どうぞどうぞ。くらいのね

    本音は「ばばあふざけんな」とかでいいですよ

    Icon agree@2x 0
    Icon nice@2x 0
  • 最期って。

    突発的な事故などでなく、老衰や病気のときは意識が有る無いに関わらずご自身がタイミングを選んでいるような気がします。(あくまで自分の経験であり、不愉快になられる方がいらっしゃったら申し訳ありません。)
    リンゴさんも5分前に病室を離れたのですね。
    お舅さんは旦那さんと男二人きりの時を選んだのではないかと感じます。父親として息子に何か伝えようとなさったのではないのかと…。
    若しくはお姑さんがきっちり看取ったらスッキリして自分のことを忘れてしまうのではないかと。でもリンゴさんが居る時という訳にはいかないと。
    犠牲になってご立腹のことと思いますが、最終的に「良いダンナ」になれたならお姑さんは幸せですね。
    よめさん同様、内心は「うるせぇ!」とかでいいですよ。
    お姑さんはあまり度が過ぎると、寂しい最期を迎えるかもしれませんね。
    反面教師と思い、受け流すのが一番です。

    Icon agree@2x 0
    Icon nice@2x 0
  • 死に目に会うって そんなに重要なことかな。
    そこに立ち会ってしまうと、それはそれで
    辛かったりすると思いますが。

    Icon agree@2x 0
    Icon nice@2x 0
  • 最近叔父が亡くなりました。

    危篤状態が数日続いて、母が「私は今日一人で先に大阪に行くから!」と言って
    いたのを、私は足の悪い母を一人で行かせるのがイヤで「明日なら私も一緒に
    行けるから明日にしようよ」と言いました。

    結局いてもたってもいられなかった母は、私が止めるのを振り切って一人で
    大阪に行ったのですが、叔父は母が行ったその夜亡くなりました。
    結果として母は叔父を看取ることができ、私は間に合わなかったのです。

    その場で病室を出られたのはそれぞれの判断です。お姑さんも本当は心の底で
    「いくら言われても部屋を出なければよかった」と思っていると思います。
    それをリンゴさんのせいにすることで、自分を責める気持ちを収めている
    部分もあるのだと思います。

    人に生き死には本当にわかりませんよね。そういわれてもリンゴさんもやっぱり
    気になってしまうのは仕方ないと思います。私もそうです。
    少しずつ気持ちは落ち着くと思いますので・・・気持ちをゆったりと過ごしましょう。

    Icon agree@2x 0
    Icon nice@2x 0
  • 最期を看取れなかった嫁です

    人との永遠の別れの後というのは、どんなに仲良くすごしても、どれだけ真摯に尽くしても、結局は後悔が残るものなんです。
    「もっと何かできたのではないか」「こっちを選択していたら最期が違ったのではないか」
    この年になると、何度も最期の別れを経験し、そのたびに感じる後悔、やりのこし感をどうしたものかと考え、やはり相手が生きているうちに、心残りがないよう尽くしきるのが一番だと思い至りました。一期一会ですね。

    リンゴさんの義母さんは、喧嘩ばかりだったからこそ夫婦として「やりのこし」が多かったことに気づかれたのだと思います。だからせめて最期は看取って妻の役目を全うしょうとしたのだと思います。

    私は同居して15年以上、義母とは良好な関係で介護でしもの世話もしていました。実の母以上に濃密な生活をしていたわけですから、最期を看取る覚悟で接していました。
    でもこれもタイミングなのでしょうね、最期は看取れませんでした。
    でも、息をひきとる時に夫の兄弟が全員揃ってベッドを囲っていたそうで「そうか、最期の花は夫の兄弟に譲れてよかったのかも」と自分に言い聞かせています。

    私は義母に尽くし切ったのでやりのこし感はまったくないので、看取れなかった後悔くらい自分の中で消化できましたが、スレ主さんの義母さんは、やりのこし感たっぷりの自分への後悔もプラスされて自分の中では消化しきれなかったのでしょう。誰かを攻めずにはいられなかったのでしょう。

    ただ、きつい言い方になりますが、スレ主さんの義母さんに同情はしません。自業自得です。
    そういう後悔の残る生き方をしたのは自分自身、夫婦二人がもたらした結果なのですから。

    でも、先にある、よめさん、30代さんの回答に私も同意しています。
    「私はやつあたりをさせてあげているのよ」くらい上目線でいてもいいかもね Yum

    Icon agree@2x 0
    Icon nice@2x 0
  • >くわママさん

    最近叔父が亡くなりました。

    危篤状態が数日続いて、母が「私は今日一人で先に大阪に行くから!」と言って
    いたのを、私は足の悪い母を一人で行かせるのがイヤで「明日なら私も一緒に
    行けるから明日にしようよ」と言いました。

    結局いてもたってもいられなかった母は、私が止めるのを振り切って一人で
    大阪に行ったのですが、叔父は母が行ったその夜亡くなりました。
    結果として母は叔父を看取ることができ、私は間に合わなかったのです。

    その場で病室を出られたのはそれぞれの判断です。お姑さんも本当は心の底で
    「いくら言われても部屋を出なければよかった」と思っていると思います。
    それをリンゴさんのせいにすることで、自分を責める気持ちを収めている
    部分もあるのだと思います。

    人に生き死には本当にわかりませんよね。そういわれてもリンゴさんもやっぱり
    気になってしまうのは仕方ないと思います。私もそうです。
    少しずつ気持ちは落ち着くと思いますので・・・気持ちをゆったりと過ごしましょう。


    ヨコレスですいません。
    「その場で病室を出られたのはそれぞれの判断です」という言葉に、今すごく頷いています。

    くわママさんの経験したこと、私にも覚えがあるのです。
    最期に間に合うかどうかとうのは、結局は自分で選んだことなのですよね。

    すいません、スレ主さんのスレッドなのに、自分の心の消化に役立ててしまいました。
    まだ義母が亡くなった日が遠くないもので(^^;)

    Icon agree@2x 0
    Icon nice@2x 0
  • >モナさん


    ヨコレスですいません。
    「その場で病室を出られたのはそれぞれの判断です」という言葉に、今すごく頷いています。

    くわママさんの経験したこと、私にも覚えがあるのです。
    最期に間に合うかどうかとうのは、結局は自分で選んだことなのですよね。

    すいません、スレ主さんのスレッドなのに、自分の心の消化に役立ててしまいました。
    まだ義母が亡くなった日が遠くないもので(^^;)

    私と同じように感じておられたのですね。

    私は父の最期は間に合ったのですが、叔父は間に合いませんでした。
    それぞれその時の自分の判断によるものです。

    叔父のことは「仕事を振り切って母と一緒に行っていれば・・・」と後悔で
    いっぱいで、湯灌をしながら「ごめんね」と号泣してしまいました。
    叔父は「仕事を大事にしなさい」と言ってた人なので、わかってくれていると
    思うのですが・・・

    大切な人が亡くなるのは本当にさみしいですね。

    Icon agree@2x 0
    Icon nice@2x 0
  • 私の愚痴にたくさんの返答をありがとうございます。

    30代さんがおっしゃられたように、舅も息子である旦那と二人きりの時をえらんだのではないかと思っています。姑と同様にいつも喧嘩をしていた二人ですが、跡取りなんだから、と。だから私自身は後悔はありません。
    ただ、姑の母親が亡くなった時、病室に家族・親戚・兄弟が勢揃いし誕生日をみんなで祝った後に、皆に囲まれて亡くなられたのを姑と旦那は見て、それが本来の最期だと思っていただけに尚更怒りのような感情がでているのではないかと思います。

    みなさんのおっしゃる通り、しんどいですが受け流していきます。

    まとめての返事ですみません。

    Icon agree@2x 0
    Icon nice@2x 0
Arrow upトップに戻る

この話題に発言する