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子供や家族、友人に言われた嬉しい一言って、ありますか?

今はもう別れてしまったが、元旦那。知り合った頃、私は実家の父親と折り合いが悪く、お互いが大嫌いな存在。殺されそうになった時は、さすがにビビりました。未来に希望が持てず、生きる事が辛かった、そんな時元旦那が、「ホントにもう辛くて辛くて仕方なかったら、俺も一緒に逝ってやるから」と。それがプロポーズでした。それから15年後、小1の息子を抱え離婚。今息子も成人し、私は体調崩し現在入院中。現在2度目の手術待ち。そんな息子が面会に来た時「俺はお前が死ぬまで、一緒に住んで面倒見るから」と。さすがに泣けました。嬉しくて嬉しくて。優しさが遺伝したのでしょうか?

みなさんも言われて嬉しかった一言ありませんか?

みなさんも家族や親族、友人など、言われて嬉しかった一言ありますか?
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最新の発言5件 (全5件)

  •  妻と見合い後、まだ付き合い始めて二回目くらいのデートの時、後出しジャンケンは絶対するまいと過去の因縁やらパーソナルな事を一方的に全て明かしてしまいました。

     その時、きっとこれで距離を取られてしまうだろうと思ったのが若年性アルツハイマーの父の存在。
     でも、妻はアッサリと「大丈夫。心配要らない」と答えてきてビックリしました。
     でもそれは自分の祖母を認知症で看取ってきた経験から出た言葉だと知ると、不安感がスーッと収まって行くのを感じました。

     こんな得難き人の出会いを無駄にしてはならないと、それからの私が真心を込めてお付き合いを重ね結婚に至りましたが、父が施設に入るまでの心の葛藤を支えてくれたのも他ならぬ妻の存在でした。

     ただただ、感謝の言葉しかありません。

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  • こんにちは。

    三年くらい前に、仕事と家庭のバランスを取れなくてちょっと笑うことが出来なくなった時期がありました。今でこそ「思いつめすぎたな~」と思うのですが、当時は家庭の中が暗くて、自分を責めてしまって悪循環でした。

    そんな時、当時小学校の高学年だった次男が毎日その日にあった楽しかったことを話してくれました。次男が話してくれた楽しかったことを聞いているうちに少しずつ笑えるようになって、それと同時に「まあ、いいか~」と思えるようになっていって気楽になれるようになりました。

    そんなある日、次男に「ありがとうね♪」と言ったところ…「ママが笑うと嬉しい。僕はママを笑わせるために生まれてきたんだよ。」と…

    嬉しさのあまり涙が溢れて止まらなかった出来事でした。

    今も次男は時々楽しかったこと・面白かったことを話してくれて私を含め家族を笑わせてくれています。そのたびに嬉しく、また感謝しています。

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  • >ちよの輔さん

     妻と見合い後、まだ付き合い始めて二回目くらいのデートの時、後出しジャンケンは絶対するまいと過去の因縁やらパーソナルな事を一方的に全て明かしてしまいました。

     その時、きっとこれで距離を取られてしまうだろうと思ったのが若年性アルツハイマーの父の存在。
     でも、妻はアッサリと「大丈夫。心配要らない」と答えてきてビックリしました。
     でもそれは自分の祖母を認知症で看取ってきた経験から出た言葉だと知ると、不安感がスーッと収まって行くのを感じました。

     こんな得難き人の出会いを無駄にしてはならないと、それからの私が真心を込めてお付き合いを重ね結婚に至りましたが、父が施設に入るまでの心の葛藤を支えてくれたのも他ならぬ妻の存在でした。

     ただただ、感謝の言葉しかありません。



    自分の不安を払拭させてくれる事は、本当に心強くなりますよね。
    奥様のその経験がなければ、きっと結婚まで、行かなかった気がします。認知症がいるって事だけで、やはり結婚をためらってしまう現代です。
    なにか奥様との深いご縁を感じます。これからもずっと仲良く、奥様を大事に なさって下さい。
    なんだか心暖まりました。

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  • >ゆうさん

    こんにちは。

    三年くらい前に、仕事と家庭のバランスを取れなくてちょっと笑うことが出来なくなった時期がありました。今でこそ「思いつめすぎたな~」と思うのですが、当時は家庭の中が暗くて、自分を責めてしまって悪循環でした。

    そんな時、当時小学校の高学年だった次男が毎日その日にあった楽しかったことを話してくれました。次男が話してくれた楽しかったことを聞いているうちに少しずつ笑えるようになって、それと同時に「まあ、いいか~」と思えるようになっていって気楽になれるようになりました。

    そんなある日、次男に「ありがとうね♪」と言ったところ…「ママが笑うと嬉しい。僕はママを笑わせるために生まれてきたんだよ。」と…

    嬉しさのあまり涙が溢れて止まらなかった出来事でした。

    今も次男は時々楽しかったこと・面白かったことを話してくれて私を含め家族を笑わせてくれています。そのたびに嬉しく、また感謝しています。

    へ今も次男は時々楽しかったこと・面白かったことを話してくれて私を含め家族を笑わせてくれています。そのたびに嬉しく、また感謝しています

    子供の存在って、何でそんなに大きいのでしょうか(私も含め)
    子は親を選べないって聞きますが、彼はきっと、ゆうさんを選んで産まれて来たんですよ。ある意味、見透かされてる感は本当に不思議です。でも自分のお腹に10ヶ月、ずっとずっと産まれる迄、ゆうさんを感じてたんだと思います。誰でも自分の大好きな人には、ずっと笑顔で居て欲しいと思うし、彼はその使命を全うしてるんですね。

    >今も次男は時々楽しかったこと・面白かったことを話してくれて私を含め家族を笑わせてくれています。そのたびに嬉しく、また感謝しています

    この光景が目に浮かびます。笑い声が聞こえて来そうです。家族のムードメーカーですね。ゆうさん、いつまでも笑顔を絶やさないで下さい。

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  • 少し気が弱く 流されやすい、ゲームばかりしていた次男、
    一番手の進学校に手が届くかも知れないが 微妙なラインという位置にいた高校受験時、チャレンジしてダメでも頑張ればやる気がある生徒に手間ひまかけてくれる私立で頑張ればいいからと促したものの 自分でラクな道(確実な二番手校)を選び、あげく 「こんなに勉強が遅れている学校だとは知らなかった。高校をやめて高認(大検)で大学受験する」と不登校になりかけたところを 言いたいことも全ては言わず大人の都合を押し付けず本人の言い分を聞きつつ 話し合いました。
    無事卒業して 予備校を経てもともとの希望の国立大に合格。
    遠方への進学のため 引越しが近づいたある日
    「オレ厳しい家だったらツブされてたかも」とボソッと言いました。
    子供への向き合いかたが間違っていなかったと 少しだけ認めてもらえたような気がして嬉しかったです。

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